メキシコ市でもクッキング!!

モレリア滞在を終え、山のようなミチョワカン州の民芸品とスーツケースと共にいつものETNバスで夕刻明るい時間にメキシコ市に着くことができました。

ETN乗車時にはスナック(クラッカーとヨーグルト)と飲み物のサービスがありちょっとしたピクニック気分です。ETNバスは相変わらずの速度制限80キロでゆったりとメキシコ平原走ること4時間、ニ階席からの広大なパノラマ眺望を楽しみながらメキシコ市に戻ってきました。

排気ガスと、トルティーヤの香ばしい匂いに大きく深呼吸。ホセ・アントニオがバスターミナルまで出迎えてくれました。彼は、日系二世眼科医ドクトル難波家で長年運転手をしています。

大がらで、母が病気で入院していたときも軽々と担架を担いで上り下りしてくれたりと頼り甲斐のあるメキシコ人です。末っ子が2歳になり本当に可愛い子供たちだと写メを見せてくれたり、難波家の御嬢さんたちにも頼りにされている存在です。

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難波家には12人の子供たちがおり、毎度誰かしら賑やかに迎えてくれたものでしたがそれぞれ独立・成長され出払っておりご夫妻に御嬢さん3人と静かな家の中でした。

そんな難波家でもお礼として伶が「親子丼」を作ることになりました。我が家では普段から子供たちが調理実習で習ったメニューやできるものを作ってくれるので材料や手順は覚えているようです。

国立人類学博物館を長時間見学したあと、ホセ・アントニオと帰り途に夕飯の買い出しにいざスーパーマーケットへ。

伶は、初めては入ったスーパーに並ぶコーンフレークの巨大箱(500g)やコカコーラ・ライフの巨大ペットボトル(3リットル)が標準のその大きさにびっくりしていたようです。果物以外の食品物価は日本とさほど変わりないように思いました。

材料は、鶏肉、いんげん、椎茸(マッシュルームで代用)、卵、和風だし、酒、しょうゆ、砂糖。調味料は難波家にあるので全て揃ってさあ調理開始です。

鶏肉は、何とも黄色くもっちりモチモチしていて、日本で調理するより扱い易かったです。仕上がりも肉のうまみがありパサつきもなく柔らかいのに日本のそれとは大きく違いびっくりしました。

メキシコ鶏はマリーゴールドトウモロコシを餌に食べているので黄色味を帯びていてカロティン豊富で美味なのだとか。

毎度ホームステイでお世話になっているバルバ家では白身のお肉中心で赤身のお肉は食べないとのこと、柔らかく煮込んだ鶏肉の野菜スープsopa de verdulasは絶品でした。メキシコだったら牛肉のステーキでしょ!と思っていたわたしには本当に目から鱗の「美味なる鶏肉」でした。

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それにしても今回、伶との二人旅で、お世話になったご家庭でご飯を作ってお礼の気持ちを伝えようと伶が提案した時は「負うた子に教えられ浅瀬を渡る」まさにその言葉の通りで、

わたしは今までメキシコのご家庭にお世話になることを何度も経験してきたのに仕事(買い付け)などに忙しくそこまで気が廻らなかった事に反省、自分ができることって案外身近にあるものなのだとわかりました。

メキシコで初めて鶏肉を調理し食してみてその美味しさも改めて知りました。

メキシコ出国の朝にはバスルーム・トイレはじめ家中大掃除してから家を後にしました。

伶製「親子丼」は多めに作って、バルバ家お隣の片桐家にもお世話になった御礼としておすそわけし喜んで頂けたようです。

メキシコより帰国以来、あのモチモチした「美味なる鶏肉」が忘れられず特上鶏肉を購入しては調理していますが未だ美味しい鶏肉には出会えていません。メキシコ鶏ほどでないものの黄色味を帯びた鶏肉を見かけるとメキシコで調理したことを思い出しています。sol(1月21日)

メキシコ・モレリアでクッキング!

今回のメキシコ旅行では、ケレタロではホテルに、モレリアでは長男・伶が同じお宅にホームステイしました。

モレリアはミチョワカン州の州都、メキシコ独立運動の父ホセ・マリア・モレ―ロス生誕の地、生家もありそこからモレリアと付きました。パツクアロ湖を擁すメキシコ民芸品の宝庫でもあります。

モレリアと言えば、約2000万のモナルカ蝶(Mariposas Monarca)がカナダから4000キロの旅を約30日間かけてで飛来することでも知られており自然保護区としてUNESCO世界遺産に指定されています。サッカーチーム「モナルカス」はこの蝶の名に由来しています。

標高1921m(メキシコ市は2240m)と、低くはないのに、このご家庭は3年前デザイナーハウス(シークレットガーデンのようなガラス張りの家。恐らく更に300m標高は高い)を新築、市内からここ山手に移転していました。

市街を見おろす眺望は最高!乾季なのに雷雨も多く、朝晩ぐっと冷え、夜は満天の星空が近く朝は滝の流れる音と鳥の声で目が覚める、まるで山で暮らしているような感じでした。

日本でいうところの超高級住宅地で入口はIDカードで制限され、道路は整備されているものの登山靴が必要かと思われるほどの登り坂、徒歩では行き来できない距離で、お手伝いさんさえも送迎つきで通っていました。これこそがブルジョワなんでしょうね。

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お世話になったお礼に「一宿一飯の恩義」で、伶が「チャーハン」を作ることになりました。

最初はラーメンの作り方を教えて!と言われましたが、食べてもらう子供たちが学校で不在だったので、帰宅後再加熱して食べてもらえるよう「チャーハン」にしました。

メキシコ人宅ですが日本好きのご家庭で炊飯器で白米炊いているので残りのご飯を使ってのチャーハンです。玉ねぎをいくら強火で炒めても火通りが遅くてああここは高地だったと改めて実感しました。

そういえばお手伝いの女の子たちも隣でトルティーヤ一枚温めるのにも裏に返したり表にしたりおしゃべりしながらのんびり炙っています。

こんなところにも国民性ってあらわれるんだなと思いました。何事も郷に入っては郷に従えDondequiera que fueres, haz como vieras.ですね。

〆にご飯と生卵をよく混ぜ合わせ、炒めた具材とあわせて更にゆっくりと(?)ぱらっとするまで炒めて仕上げます。

「これなら私にも作れそう!」とセニョーラが喜んでくれ、わたしたちもとても嬉しかったです。sol(1月20日大寒)