メキシコ紀行ーケレタロ編2

ホテル アシエンダ・フ―リカHaciendaJuricaの219号室に到着し、着付けを始めているとほどなくして内線電話が鳴り、懐かしい声の主はIQさんでした。以前は埼玉在住でしたが、今はご実家のあるサルティージョで暮らしています。私たちの来墨を聞いて車で8時間かけて会いに来てくれました。

いつもは年賀状とFBメールだけのやりとりでしたが本当に懐かしくまた彼女の日本語が日本にいた時より更に上達し日本語も読めるようになっていたことに驚きました。在メキシコ日系企業で通訳官をしているとのこと、素晴らしく流暢な日本語で、私の片言のスペイン語よりも日本語を通してお互いの想いをしっかり伝えあうことができました。

その後教会での結婚式に参列し祝い、教会における結婚式のしきたりなどを教えてくれました。〆の挨拶は「LaPaz」です。

お互いの子供が生まれる前、私は彼女からスペイン語を習っていました。彼女は国際結婚で、わたしが考えていた以上に日本での悩みが多かったようで、最後は力になってあげられませんでした。わたしも子育てと嫁姑で大変な時期でしたから仕方なかったのですが、ただ何とか共に乗り越えていきたかったです。

子供が生まれてからはママ友として、そしてこれからは一女性として国境を越えた友情がこれからも続いてゆくと思います。これからもどうぞよろしくね!sol(10月16日)

メキシコ紀行ーケレタロ編

今回は、お世話になっているメキシコ人ご家族のご子息チャーリーの結婚式参列のためにメキシコを訪れました。

30年以上のお付き合いのあるメキシコですが、ここ数年結婚式ラッシュで、招待されることは多かったですが日程が合わず、今回初めての結婚式参列です。

FaceBookにて招待状が届き、参加表明、家族顔合わせや婚約の模様、あと何日で結婚式!というカウントダウン、披露宴会場のホテルのリンクやホテル予約etc.全てFBを通してのやりとりです。

結婚式が迫った10日前からは結婚式当日の天気予報や気温を気にしている様子、やはり屋外での披露宴とのこと。一緒に参列する長男は紺ジャケットにワイシャツ、スラックスと決まりましたが

わたしは何を着ようか迷った末やはりここは日本人ですからせっかく3年間勉強してきた着付けを生かして着物を着ることにして着物を準備し、スーツケースに詰めました。

メキシコ空港から手配車でメキシコ市の渋滞を1時間ほどで抜け、約3時間でケレタロQueretaroに到着、水道橋LosArcosを観ながら市内を通り郊外のホテル アシエンダフリカHaciendaJuricaへ。門をくぐり敷地内に入場、馬場を通り石畳の道をゆっくりと走り、ようやく芝生の向こうに2階建ての建物が見えてきました。まだ夕刻6時と明るかったですが、あちらこちらから音楽が流れ披露宴が始まっている様子です。

アシエンダとは、かつてのスペイン領のラティフンディオ(大土地所有)の一形態で、特にメキシコ、中米の一部、アンデス諸国で一般的にみられた伝統的な大農園を指す。アシエンダの所有者は、アセンダード(hacendado)やパトロン(patrón)と呼ばれ、いくつかのアシエンダはプランテーションや鉱山でもあり、工場でさえある。多くのアシエンダはそれらの生産的活動を含んでいる。(Wikipediaより)

18〜19世紀の面影を残し、メキシコでは現代に残る建物をホテルやリゾートとして利用している観光地も多いです。迷路のような造りで客室に至るまで迷うこともしばしば。レストランへはタコスTacosとコーヒーCafeの香りを頼りに移動します。

もちろん設備も充実していて、マッサージルームやフィットネス、プールなどもあり長男は朝に晩にプールで泳いでいました。わたしは、ゆっくりマッサージでもと思っていましたが、時間がなくて断念。旅先なのになかなかゆっくりした時間ってとれないものですね。この続きはまた!sol(10月15日)