テオティワカンと黒曜石の話

テオティワカンTeotihuacanはメキシコ市の北東50キロにある巨大都市の遺跡群。アステカの言葉で「神々の座」を意味し、紀元前2世紀〜6世紀にかけて発展し最盛期には20万ともいわれた人口を擁していたメソアメリカ最大の都市、世界遺産にも指定されており太陽のピラミッド月のピラミッドが有名です。

南北に走る「死者の大通り」は東に16度(正確には15.30度)傾いておりその傾斜度は宇宙の天体と関係があるということが、国立人類学博物館Museo Nacional de Antropologiaの展示でも、またNHKにても解明されて放送されていました。

マヤ文明アステカ文明も早くから天体や自然を理解し生活に取り入れ、数字を持ち、カレンダーを作成していたということですから進んだ文明だったことでしょう。「2012年」の終末話もそこからきています。

現在、身近なところでいいますとビオディナミBiodaynamicsが「天体宇宙のエネルギーと呼応し、それを利用する」という概念のもとワイン醸造にも用いられています。

またオーストリアの14世紀から続くザルトZaltoグラス工芸の工房においては、地球の自転の角度と同じ 24度、48度、72度の三つの組合せを食料貯蔵庫の設計に用いると、食物の鮮度をより良く保つことができ、さらに味わいも深くなるという古代ローマの教えを元にクリスタルグラスに角度をつけ、製造しているのだそうです。

メキシコ人の知人は、満月になると美容室に行くのだそうで、そのサイクルが体にはとても良いそうですよ。

ちょっぴりミステリアスな感じがしますが、みなさんも何か自然と、生活に取り入れていてそれが心地よく感じているものってあるのではないでしょうか。

出産や潮の満引き、月の運行など「天体宇宙の法則」がごく自然に行われている、取り入れていることって案外多いものです。

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30年前テオティワカンTeotihuacanを訪れた際黒曜石を拾ったお話をしましたところたくさんの方々からお便りを頂きました。

黒曜石=obsidiana(オブシディアーナ)黒くてツヤのある石。oxidiana(英訳obsidian)天然のガラスと呼ばれマグマの性質と急冷などの条件のために特定の火山地域でしか生成されない。

体験談1◆石は持ち主がその石を必要としなくなったときその人から離れるとも聞きます。黒曜石には『目標達成、攻撃的パワーアップ、所持者や置いてある場所を守る』という意味があるそうです。

ちなみにこの方はテオティワカンの太陽のピラミッドの上で日本の知人に偶然出会ったということです。ピラミッドには隠されたパワーがあるのでしょうか。

体験談2◆小学校の時、遠足で二上山に上り先生に教えてもらいサヌカイトを見つけて持ち帰りました。

石器に使うのですが、黒曜石のようなガラス質のツヤは無いものの欠けたところは鋭利でものを切る石器を作ったらしいのです。子供の頃鉱物に関心があった時期があり、でも大事なサヌカイト、どこに行ってしまったのか、確かに宝ものだったのに。(サヌカイト=讃岐石

「石器はそれをずーっと昔に作った人がいるわけでロマンがありますよね。それが時を越えてここにある・・・いいですよね!!大学の時は考古学のクラブにも籍があり発掘のアルバイトをしていました。ロマンがありますけど発掘はしんどい」

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我が家の長男は将来は発掘などを手がける地質学の方面に進みたいと言っていますが、果たして発掘のしんどさに耐えられるのか??本当に大変な作業だと聞いていますがまだまだ現実よりもロマンに憧れ夢が膨らむ、お年頃のようです。

上野の国立科学博物館で購入した「化石発掘キット」(5cmx10cmほどの地層の中に埋まっている小さな化石を傷つけぬようクリーニングしながらプチ発掘体験できるもの)で掘り起こした三葉虫、アンモナイト腕足類、恐竜の骨、鮫の歯などの小さな化石(2〜3cmほど)コレクションと、いわきで発掘した化石。

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この中にわたしが30年前のテオティワカンで拾った黒曜石の石器があったらどんなに太古のロマンを語り伝えられたことか・・・と思いますが、みなさんがおっしゃっているように「持ち主がその石を必要としなくなったときその人から離れる・・・」わたしは子供や家族に囲まれて、日々大変ではありますがしあわせな時を過ごしています、黒曜石パワーのお世話になることがなくなった今、わたしたち大人も次なる目標をもって歩みださなければと思いました。

この夏20年ぶりにティオティワカンを訪れましたが「死者の大通り」はすっかり整備され、変わった石ひとつ見つけることができませんでした。

石にまつわるお話がみなさんにとっても忘れ難い思い出であるように、メキシコの太陽に照らされキラキラした黒曜石を初めて見た私の13歳の感動も忘れることはないでしょう。

我が家の子供がこれらの化石を手放すときには、大きな夢が叶ったときでありますように!sol(10月17日)

京成スカイアクセス開通!

2010年7月17日に開通したばかりの成田スカイアクセスに乗って成田空港まで行ってきました!

京成成田空港線アクセス特急 成田空港行列車で、

東松戸‐成田空港 40分(910円)

上記の開通により自宅最寄JR駅〜成田空港までの最新・最短距離を達成。しかも特急なのですが外見は普通列車、割安、今はまだ1時間に1本という本数ですが埼玉や千葉の方が成田空港へ行くのにはとても便利になりました。

京成電鉄によると、今回のダイヤ改正では、「スカイライナー」を全て成田スカイアクセス経由とし、新型スカイライナー車両(AE形)により、在来線では最高速度となる時速160?運転を行い、これにより、日暮里から空港第2ビル間を現在より15分短縮した最速36分で結びます、とのこと。駅広告では「最速36分」を大々的に宣伝してましたね。

また、成田空港〜羽田空港間を直結する一般特急「アクセス特急」ができ、確かに、上り電車には羽田空港行きと表示されている列車もあり身近になった感じはしました。

千葉県民が羽田空港へも成田空港へも便利に行けるようになったということなんですね。運賃の値下げも実行したということですから森田健作知事のおかげでしょうか。

開通直後だったものですから「スカイアクセス!」初めて乗るんだ〜と喜んでわたしが連発していたのでスカイライナーや新幹線のような流線形のカッコいい車体を想像していた娘曰く「なんだ、普通の電車じゃん」。

ピッカピカの電車と駅で、距離的にも近く、千葉の緑いっぱいの車窓の風景を眺めながらのんびりとストレスなく成田空港に到着することができました。発着駅は上野からのスカイライナーと同じ改札になりますのでいつもの通り出発ロビーへ。

東急田園都市線の沿線にお住まいの方も、水天宮からリムジンバスが便利かと思いますが、ぜひ一度半蔵門線「押上」から(青砥停車で1時間10分、950円)の「スカイアクセス」お試しください!sol(10月12日)

上村松園展

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上村松園展(国立近代美術館・竹橋)が開催中です。

念願の上村松園展に出かけてまいりました!

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今日は京都出身の女流日本画家・上村松園(うえむらしょうえん)をご紹介します。

竹内栖鳳、鈴木松年を師とし、数多くの美人画を描いていましたが、それらは単なる女性美を表そうとしたのではなく画中の人物の心情に寄り添うかのようにあたたかな眼差しで対象を描くこともあれば、人物の心の奥底に渦巻く情念を静かに描き出すこともあったとのことです。

浮世絵をはじめとする古画や伝統芸能、古典文学などの幅広い知識を土台とし、市井の人々の営み、源氏物語や、謡曲などを題材としたたさまざまな作品を描いています。

大作が多く作品点数の多さにも驚きました。

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上村松園の作品との出会いは25年前。

当時勤めていた?メキシコ観光の上司・石井あけみさんは、芸術や音楽に造詣が深く、会社の仕事も忙しい中でしたが、クラッシックコンサートや展覧会、日展にもご一緒させていただいていました。

特にメキシコの風景を描いていた遠藤桑珠さんと、そして上村松篁(うえむらしょうこう)の作品を贔屓にされていて、絵葉書などを下さいました。

その影響でわたしも日本画を観るようになり母子三代にわたる彼らの画業を知るようになりました。

上村松園・上村松篁・上村淳之(うえむらあつし)三代の作品集(光彩美術)と上村松篁の画集(学研)をいただいたときには花鳥画の柔らかさと配色の美しさにただただ溜息をついて画集に見入っていた記憶があります。

日本は四季折々の風情があり、やはり自分も日本人なのか、日本画における美人画や風景の花鳥風月には魅力を感じずにはいられませんでした。

みなさんはいかがでしょうか。

そして京都・中京の出身であることも魅かれる理由だったと思います。父・島田正治も中京区小川の出身でわたしも小さい頃から泊まりに行っていましたのでその界隈はよく歩きましたし、とても馴染みのある思い出深い場所なのです。

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「母子」1934年(昭和9年)の作品。

母親でしたらどなたでも経験のある温かいまなざしでわが子をみている姿の作品です。

作品解説によりますと、この母子は京都・中京あたりの人物らしいとのこと。年代的にも伯父や父が2〜5歳の幼少の頃ですから、写真で見たことのある日本髪の髷を結っている亡き祖母の姿とだぶるものがあり、とても懐かしく、しばし作品の前で眺め入りました。

「娘深雪」1914年(大正3年)

いずれの作品においても日本的なお顔立ちの作品ですがこの作品においては姪っ子の顔立ちにあまりにそっくりなので思わず魅かれてしまいました。

「花がたみ」1915年(大正4年)

謡曲「花がたみ」の登場人物で照日の前(てるひのまえ)という人物がおり愛する継体天皇を想って狂い舞う姿を描いている作品。

この作品は、わたしの娘にそっくりなので観ていたのですが、解説を読んで「てるひ」という自分と同名の人物ということにも、更に驚きました!

(角度を変えた観方ではありますが、どうかぜひご覧ください。)

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当時の日本で、そして京都で画家として生きる道を選んだ彼女はとても勇気が必要だったことと思います。

わたしは、母・島田和子と、そして青井洋子さんという方の影響を受け10年前よりスケッチや水彩画を描くことを再開しました。

最初は子育ての合間、暇に任せてスケッチ程度でしたが、最近ではたくさんの作品を残したいと貪欲な気持ちで臨み作品を仕上げるようになってきました。

現在はまだ30点ほど。まだまだ道のりは厳しいですが自分のスタイルで画を描くことはとても楽しく、筆を持てることの喜びと、そして楽しく描けることに心から感謝している今日この頃です。

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当然のことながら、やはり作品というものは、画集で観ているよりも本物・実物を観ることが大切と考えます。印象も大きく変わってきます。

我が家はみな国立科学博物館(上野)のファンなのでよく展示を観に通っていますが、メキシコの壁画もしかり、子供たちにもできるだけ本物に触れる機会を多く持ってほしいと思いました。

近い将来にはスミソニア博物館(ワシントン)へも訪れたいと思っています。sol(10月7日)