ポンチョの思い出

みなさんは「ポンチョ」ってご存知ですか?

ポンチョPonchoは貫頭衣(頭から被る衣類)で、主に中南米で着用されている衣類。四角形の布の真ん中に穴があいていて、そこに首を通し被って着用するものです。

で、おそらく日本のみなさんがよく知っていらっしゃるのは、横縞カラフル色のサラぺのポンチョで、ソンブレロ被ってギター弾いて「アミーゴ!」とか言っている姿を思い浮かべる方が多いと思います。

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その昔、父がメキシコへ通い始めた1960年代、3〜6か月間メキシコに滞在し日本に帰国すると、たいてい 髭barba を伸ばし白いソンブレロを被って羽田飛行場に降り立ってきていました。

帰宅してスーツケースを開くと、もわ〜っと外国の匂いがしてそれはそれは見たことのないものばかりが詰まっていました。

チョコレートは日本人には香りも味も濃すぎる濃厚な味だし、ごっそり大袋に入ったキャンデーは見たこともないようなカラフルな色付きでいかにも美味しそう!だけれどなぜか中に干しブドウが一粒入っていて食べるとちょっぴり意外な味がしたりして・・・などなどetc.

どんなお菓子も実に美味しそうなのだけれど一口食べて口に合わなくて、それっきり、だったような記憶があります。当時のわたしにとっては食べ慣れていない外国の味は美味しく感じなかったのでしょう。

それらを、父はメキシコでの生活を懐かしむように「こんなに美味しいのになあ」と食べていたようです。

今現在、わたしと子供のメキシコお菓子のナンバーワンは何といってもタマリンド。子供たちはわたしの子供時代と違ってどんなお菓子も「美味しい!」と言って食べてくれてくれるのでお土産で買う甲斐があります。メキシコ在住の友人たちのくれるタマリンド系のお菓子はたいてい美味しいですし、今では濃厚チョコレートもキャンデーも美味しくいただいています。味覚って変わるのでしょうか。

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スーツケースにはマリアッチのLPレコードもずっしり何枚も入っており、帰国後の朝は、早朝から部屋を開け放して大音量のマリアッチ音楽オンパレードでしたから、目覚めの音楽は「マリアッチ」か「桂小南師匠の落語」がお決まりでした。これは当時のご近所のみなさまにとってはちょっとばかりご迷惑だったかもしれません。(すみません)

そしてわたしと姉にはお揃いの「何か」がお土産でした。

幼少のころは、バッグなど(ちょっと匂いのきつい)革製品などの小物、成長してからはシルバーや金のアクセサリーが定番お土産で、すぐに使えるものはほとんどなかったけれど「お土産」それは子供心にとても楽しみなことでした。

ところがあるとき頭から被るウールの房付きポンチョが大と中サイズのお土産でやってきました。

それが、見るからに、そして着ていてもチクチクしてすぐに脱いでしまってやっぱり、それっきり、となってしまいました。

今写真を見返しますと「なんて可愛いポンチョかしら!」と、あ〜あのポンチョがあったら娘に着させるのになあと思ったりしています。

▼左から 伯母、父の従妹、父母(若かりし頃)姉そして私。

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この種類のポンチョはケスケメトルと言って、布に穴を開けた貫頭衣とは異なり、一枚の織物を肩ではぎ合わせケープにし被りものに加工したものです。

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メキシコでは子供服のデザインの豊富さと、そして案外お値段も高いのには驚きます。

思い返すと買ってきてくれた父には大変申し訳なかったと思うのですが、

今現在わたしの娘に、両親がチャパラ湖畔に住んでいたころグアダラハラでどんなに素敵なドレスを買ってきてくれても、わたしがメキシコ市で「こんなデザイン日本には絶対売っていない限定品だわ!」と珍しい水着やドレスを買ってきても子供は案外無関心で、着ても1年に一度のピアノ発表会など1度限りで、また「これは着たくない」などと平気で言ったりしています。

そんな娘と、かつての自分の姿と重ね合わせ、子供の気持ちも、ポンチョ当時の親心も、双方の気持ちがわかった気がして「わかるなあ〜」とひとり納得して苦笑しています。

親の心子知らず、 子を持って知る親の恩 とはこういうことか、と思う今日この頃です。sol(9月30日)