家族でメキシコ旅行?グアナファトへ!

「家族でメキシコ旅行」シリーズ・・・子供連れの海外旅行ってどうだった?という質問にお答えするべく過去の旅行記から綴ってシリーズでご紹介しています、どうぞお楽しみに!

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グアナファトGunajuato小旅行へ出発の朝です。庭の農作物たちと芝生ににたっぷりと水を遣ってからグアダラハラのバスターミナルに向け出発しました。

水遣りを終えてから庭を振り返り「グアナファトから帰ってきたらナスがちょうどよい食べ頃になっているよ。」と言っていた父の言葉が思い出に残っています。

▼こちらの写真はわが家の今年2008年の初物ナスです

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グアナファトはメキシコ中央高原にあり16世紀の面影を残すコロニアル都市と近郊の鉱山群が1988年世界遺産に登録されました。30年前に初めてメキシコ市からバスで訪れたとき、丘の上から盆地の中でキラキラ光る町の灯りが見えたときにはその光景に大変感動しました。その当時はまだカンテラの灯りだったから輝いて見えたのかもしれません。

石畳に並ぶカラフルな家々は「色の組み合せ」の参考として小学生の図工教科書に掲載されていました。それを見た子供が「なんでこんなに色々なの 信じられない!」「誰が塗るの?」と言っていました。そのくらいピンク・赤・青・緑・・・本当にカラフルな家々が並んでいます。

▼長距離高速バスETNでグアダラハラ/グアナファト間は4時間

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今回は明日から開催される藤川汎正さんの版画作品展覧会初日のレセプションに参加が目的の小旅行でした。

夕刻、開場時間になると大勢のメキシコ人が流れるように入ってきてディエゴリベラ美術館Museo Diego Riveraディレクト-ルのフェデリコ氏の挨拶、作家の紹介、乾杯、その後じっくりと作品を観ていきます。

来場のメキシコ人に

「あななたちは作家の親戚か?」と聞かれ

「そうです、日本から展覧会を観に来たのです。」

恐らく日本人がみな同じ顔に見えそのように聞かれたのでしょう。

そういえば私の大好きな(同い年)山本シュウさんこと ”レモンさん”も「We are 親戚」の精神を唱えていらっしゃいますが、血のつながりがなくても何かの形で結ばれていれば「親戚」のほうがよりアミーゴな感じがしますよね、これからはこのスタイルで行きましょう!

▼レセプションで作家の藤川汎正氏と留学生と

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▼パンダのケーキ

「耳をかじるといいことあるよ!」「ほんと〜??」

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グアナファトは銀の鉱山で栄えた町。丘の上には独立運動の英雄である鉱夫ピピラの石像が建っていて父たちが留学していた40年前は急な坂道を徒歩で登ったそうですが、わたしが初めて訪れた30年前にはバスが開通していました。当時一緒にメキシコ旅行をしていたスペイン語を勉強中という母の、今は亡き友人の富川さんと二人バスで登ったことを思い出しました。

島田正治の代表作「グアナファトの橋」作品サイズ68x90cm

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▼「グアナファト大学」作品サイズ68x135cm

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父の作品のモデルとなった上記の場所をはじめ口づけの小径など観光スポットを観て歩き、市営墓地のミイラ博物館へ。さすがによく歩いたので帰りは滞在先のソカロのホテルまでタクシーで戻りました。ソカロに着くと週末ということもありマリアッチ楽団がロマンチックに音楽を奏で始めていました。

両親と待ち合わせてから、夕食のレストラン探しです。子供も同席してよいか聞いて歩き、その中の1軒ステーキレストランTasca de los Santosワインとステーキを頂きました。子供にはちゃんと子供椅子と子供用サイズだけれどちゃんと切ることができるナイフとフォークも用意してくれました。

グアナファト世界遺産に登録後、世界的に注目されグアナファト大学に通う学生の若者を中心とし観光に訪れる人も多く活気に溢れている町だなということ改めて感じました。

4日後グアナファトからチャパラへ戻った翌朝は父の畑で大きく実ったナスを収穫し焼きナスで食べました。(つづく)

▼グアナファト市内で

右はグアナファト在住の長島あきら氏

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島田正治作品ご希望の方はこちらまでご連絡ください。