家族でメキシコ旅行?グアダラハラへ!

子供が3歳の夏休みに家族でメキシコ旅行しました。

その前年には中国返還前の英領香港旅行(3泊4日)に行き、その後1年間メキシコ旅行をイメージして慣らしてきましたから用意周到に準備を進めてきました。

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今回の旅行目的は子供もまだ小さいですし夫も初めてのメキシコということであれこれ日程を盛り沢山にはせず日常の忙しさを忘れて「チャパラの両親の家でゆっくり過ごす」ことにしました。いわゆる航空券だけの手配(エアオン)です。

シンガポール航空に勤める知人にロサンゼルスまでのチケットを3席確保してもらい、そしてアエロメヒコに勤める元同僚にL.A.からグアダラハラまでの3席を押さえてもらいました。

夏休みのこの時期は料金もさることながら3席を確保することのほうが結構大変で、8月末の料金が下がり始めた頃に出発することにし、グアナファトでの知人の展覧会を観ること、9月16日のメキシコ独立記念日の雰囲気を味わうために9月中頃を帰国日と設定しました。

当時の夫の会社は外資系サマーバケーションは自分の仕事次第で日程が申請でき3週間いただくことができ全てをメキシコ旅行に充てることができました。

子供はいつ熱を出したり怪我したりすることも考えられるので航空券発券もぎりぎりまで待ってもらい万が一のキャンセルに備え子供にも保育園にもメキシコ旅行のことは黙って準備しました。そしていよいよ夏休みの前日「明日からメキシコ行ってきます!」と伝えたところ子供も先生方も「ええっ、メキシコ??遠いですね」と本当にびっくりされました。あとで考えたら「里帰りしてきます〜」と言ったほうがショックが少なくてよかったかな、なんて思いました。当の本人(子供)も訳がわからないまま連れて来られたという感じだったことでしょう。

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シンガポール航空SQ012便は当時最新鋭の機材を誇るメガトップという機種で機内もスチュワーデスさんもそれは綺麗で快適でした。

子供は離陸のときから怖いと言うでもなく窓に張り付いてずっと夕焼けの雲海(茜色の夕景)を眺めていたうしろ姿が印象的でしたが果たしてそのときの”雲の絨毯”今でも憶えているのでしょうか?

成田発18:00搭乗後すぐに夕食が出ると思って期待していたのですが待てども夕食サービスが始まらずようやく出てきたのが21時。ウイダーinゼリーは子供の為の非常食用に持って搭乗したのですがみなお腹ぺこぺこで子供はぐずりながらウイダーも飲まずに寝てしまって可哀想なことしました。機内食の回数はチェック済みだったのですが、これは誤算でした。

ロサンゼルス到着前には日本時間真夜中2:00に揺り起こされ朝食が出されましたが朦朧としていて食べたのか憶えていないほどです。もちろん子供は夢の中でせっかくのチャイルドミールだったのに結局2食とも食べられませんでした、もったいない、そして残念。

ロスではグアダラハラまでのアエロメヒコ便まで乗り継ぎ時間が6時間ありましたが3人ともみな寝不足でフラフラでこういうときにスリに遭ったり置忘れしたりするのだろうな、なんてことを考えボーっとしながら南国サロンのような雰囲気のデルタ航空の棟である待合室でウトウトして過ごしました。

こんなんでしたからロサンゼルスの大きな空港内も次のアエロメヒコにどのようにして搭乗したのか機内食の味も記憶もほとんど覚えていません。

グアダラハラ国際空港では荷物検査のランプが「青」でチェックを受けることもなく通関、3人とも無事に到着しチャパラの両親が迎えに来てくれていて顔を見た途端に安心し「よかったあ〜」と足の力が抜け思わず母の腕にしがみつき涙流したことだけ鮮明に憶えています。

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同じルートでの旅行は出張でも何度も経験していたはずなのに、機内では騒ぐことこそなかったけれど子供のトイレに気を使い、空港では免税店で欲しいものを見て歩いたりすることもなく、荷物も3倍だったり、家族がいるとこうも大きく違うものかと痛感したメキシコ旅行の始まりでした。

▼水を湛えた風光明媚なチャパラ湖El Lago de Chapala

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このときの水量は少なくこの後枯渇寸前にまでなって住民の方々は心配したそうですが、2008年今現在は水量が増し自然が戻り鳥も観光客も増え再び賑やかになり湖畔の各村々が活性化してきたということです。

▼サンアントニオ村・チャパラ湖周辺を描く百点より

島田正治作品サイズ33.5x44.5

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作品ご希望の方はアルテシマダまでご連絡ください。