こもって書く

ただいま島田正治展覧会にて作品をご紹介する小さな作品集制作に、案内状に引続き取り組んでいます。

作品の撮影(写真家の高田泉氏に依頼)、写真の分類や構成など、来週デザイナーの大橋広史氏がフランスより帰国後ミーティング、原稿をお渡しするべく、ただいま考案中です。

そんなとき、わたしは仕事一式をカバンに入れ自宅近くのファストフード店に行きます。学生時代のデザインの宿題でしたら徹夜して仕上げたものですが今はもう夜型はとてもとても無理、体調を崩してしまいます。

コーヒーを注文し、一息ついてから作業開始。だいたい2時間〜3時間、その時間はあっという間に過ぎてしまいます。

なんで家ではだめなんだろう・・・家で1人で考えてもできるでしょうに、外ですと、何というのでしょうか限られた時間内でアイデア言葉が案外浮かんでくるのです。集中力でしょうか、1杯数百円のコーヒーでも、支払った分1人になったその時間を有効に大切に使おうと思います。

子供たちは勉強するなら自分の部屋でなく「図書館に限る」と言っていますが、わたしは「ファストフード店」

みなさんもそんなご経験お持ちではないでしょうか。

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そういえば、こんなスタイルを父・島田正治は早くから実行していました。

自宅マンションの階下にあった喫茶店「ブロッサム」チャパラだよりの原稿や他にも原稿依頼があると、サンダル履いて原稿用紙、鉛筆一式持って、出かけていました。

当時ドトールコーヒーなどはまだなく「喫茶店」というと、ちょっと大人びて聞こえ、ママさんがいて薄暗くてまた後には大きな犬(ゴールデンレトリバーだったかと思います)を店先で飼いはじめたりして、当時の私にとっては敷居が高い感じがしたものでした。

父は決まって同じ席に通され、コーヒーを注文し椅子に座って原稿を書いていました。緊急の連絡や電話があると、階下まで呼びに行きドア越しに呼んでもらいました。なんだか大人の世界に若年者が入るのが悪いような気がして。。。

今思うと、キューバに住まいキューバの自然や人々とのふれあいを大切にし小説を書いていたエルネスト・へミングウェイのようですね。今では喫茶店も閉店し違う店舗になっています。

現在、原稿を書く場所はチャパラ湖畔の家または日本の自宅となっていますがうってつけのお店でもあれば、コーヒーの味を楽しみがてら、父は原稿用紙一式を持って出かけて行くことでしょう。

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そう言えば母も書道で大切なを仕上げる時には人払いをし戸を閉めきり、和室にこもって1人書いていましたっけ。

今の私だったら犬が大好きになったのでワンちゃんに会いにお店に入ってコーヒーを頂きながらママさんと犬の話に花が咲いていたかもしれないな、なんて1階商店の前を通りながら思い返しているところです。sol(3月16日)

ラ・カシータ

◎思い出のメキシコ料理ラ・カシータに行ってきました。

週末のランチタイムともあって店内はお客様でいっぱい!でした。

通されたのは「思い出」のテーブルでした。なぜかいつもこの席なんです。遡ること15年前・・・まだ独身時代のお話です。

知人からお誕生日にフラワーブーケをもらったのでお返しにメキシコ料理をご馳走することにしました。夕食の約束をしていたので予約を入れて「ラ・カシータ」へ、オーナーシェフ渡辺さんがテーブルまで挨拶しに来てくれました。

「これはチチャロン、サービスですよ、どうぞ。」とニコニコして出してくれました。

だいぶ後になってそのときの男性と縁あって結婚したことを報告しましたら

「やっぱりねぇ・・・いい雰囲気でしたからね〜」と言われてしまいました。わたしはまだまだ全く結婚するつもりもなかった時だったのですが。。。そのときの思い出の席が今日の席なんです。

そんな鋭い勘の持ち主渡辺さん「チレ」メキシコ民芸品の話に花を咲かせ、やがてまた混んできたのでお店をあとにしました。

(ランチメニューのエンチラーダをいただきましたがお腹がすいていたものですから急いで食べた為写真撮り忘れました、すみません)

▼オーナーシェフ渡辺庸生氏のオリジナルデザート

大人気の「セノーテcenote」アロス・コン・レーチェも美味しいですがセノーテもぜひお試しあれ!

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レシピはいずれお料理本にて公開とのことです。

▼ラ・カシータのお店

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東急東横線・代官山駅下車(03-3496-1850)徒歩3分です。

トルティーヤプレスで手作りタコスの場合は250℃〜400℃とできるだけ高い温度で焼いたほうが美味しいとのことアドバイスいただきました。

チップの国メキシコ

今日はわたくしの母島田和子のお話です。

両親はメキシコ市に滞在するときには、日系二世で知人のドクトル難波の車を手配、運転手ホセ・アントニオに頼むことにしています。

グアダラハラからメキシコ市へ出てきた両親と、わたしは日本からメキシコ市へと、合流したときに初めてホセ・アントニオに会いました。

折しもメキシコ市に寒波がやってきて、メキシコ人はみなマスクをしたりマフラーを首に巻いて「おお寒い、寒い」と口々に言っていた頃でしたが、わたしは日本の寒さから解放され「なんて寒くないんだろう」と思ったのがメキシコ市に到着したときの感想です。日本のような「底冷え」の寒さはメキシコでは感じられませんでした。

ホセ・アントニオも風邪気味のようであまり暖かそうではない化繊のマフラーを首に巻きティッシュでチーンと鼻をかんでいました。

車の中で、母が

空港タクシーってぼられたり、案外高かったりするの。だからドクトル難波にお願いしてホセ・アントニオに頼んだほうが、きっちりやってくれるし安心。タクシー代払うくらいならホセ・アントニオにチップあげたほうがいいわ。」という話題になりました。確かにそうです、タクシーに乗って高い運賃請求されたり違うところへ行ってしまったり、煩わしいことあります。

ほどなくしてホテルに到着し、母が、風邪が辛そうなホセ・アントニオに「では明日10:00に来てね」と言っていました。

その後、夕食を食べながら

「ホセ・アントニオ風邪が辛そうだけれど大丈夫かしら。チップ弾んであげるから、大丈夫よね・・・」と母が父と話していました。どのくらいのチップをあげているのだかわたしにはわかりませんが、なんだかタクシー代の倍以上は払ってあげているような・・・

「あなた、チップどの位あげる?」と父に相談しつつも決定権があるのは母のようで「チップ」を楽しんでいるようにも見えました。

長年メキシコに暮らしていて、運転手にも伝えたいことをきっちり言えて、ご苦労様 はいチップよ、と、惜しむことなくチップをあちこちで払っている母を見ていて、ほとんどメキシコ人的な感覚になりつつある母を垣間見たメキシコの旅でした。

翌朝、薬で治ったのかホセ・アントニオはすっきりした顔で9:30にホテルに迎えに来てくれました。

sol(3月10日)祖母きくの誕生日です。

チップの国

海外旅行をするときチップを必要とする習慣があることに気づき、これから旅行する国はチップって要るんだったけ??とガイドブックで再確認したりします。

前回グアテマラに行ったときのお話です。

ベッドとベッドの間に電話台のミニテーブルがありましたので、そこにチップを置こうとしましたら父が

「枕銭は ”まくら” というからには枕に置かないといけない」

というのです。

その理由は、以前こちらのホテル(ハワードジョンソン・イン・グアテマラ)に宿泊したとき、枕銭をテーブルに置いたら、帰ってきたらそのまま手付かずになっていたそうです。翌日も同じように置きチェックアウトしようとしましたら「忘れ物ですよ〜」とメイドさんがフロントまで届けにきたそうです。それ以来、メキシコ国内はもとより、グアテマラなど他の国々でも枕におくことにした、ということです。

スペイン語で「チップ」はpropinaプロピーナ。

わたくしは長年メキシコの旅行会社に勤め十数回メキシコ旅行を経験してきましたが、メキシコではテーブルに置いてもあっさり受取っていました。メキシコと地続きのグアテマラでもお国が変ると、考え方も違うものです。(またはホテル側のポリシーなのかもしれませんね)

 

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 ご存知の方も多いと思いますが、メキシコ欧米では、チップで生活している人が多いです。これは「サービス」というものに対しての価値観の違いで、日本人はお客様第一の考え方ですが、外国では「サービス」はお金が発生するからやるもの、という考え方によるものです。

メキシコ人が日本に来るときにはチップ代わりに小さな民芸品を持ってくることが多いようです。ただでいろいろやってくれることに感謝の意を表したいという気持ちから、だそうです。気は心、ですね。

 わたしたち日本人にはチップの概念はありませんが、海外旅行をしたときには「チップを惜しむ」のではなく、また「チップをあげる」だけでなく「チップを弾む」などちょっとした気持ちの余裕でお食事やマリアッチ演奏が楽しくなるかも、しれませんね。(一応チップの相場は頭にいれておいて!)ぜひ「チップ」の習慣を楽しんでみてください。sol(3月9日)

アンティグアの公共トイレ

入り口でチップを払って入ります。 

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民族衣装を着た女性 撮影料チップは1ドル

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