京都のお正月

今朝、義母とおせち料理の準備でお台所に立っていましたら、

「てるひさんのお家のお正月はどんな風に過ごしていたの?」と聞かれまして、思い返しましたら父と母がメキシコに住み始めたりで家族水入らずで迎えたお正月は正味20年ほどです。

父がメキシコに住み始めた頃だったかと思いますが、夜の11:00過ぎるのを待って国際電話をします。あの頃はまだ国際電話代は安くはなくて話す用件をメモして手っ取り早く済ませるというような時代でした。

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まだ京都の祖父が生きていた頃、何度か京都でお正月を迎えたことがあります。島田正治京都市中京区の出身です。

京都の冬は関東の寒さとは違い、底冷えのする寒さです。

大晦日のメニューは決まってすき焼きで、家内工業もあってか作るのは昔から男性の仕事なのだそうです。(着物に紋を描く仕事、紋章上絵師です)

叔父が(普段から料理もしている、とても奥さん思いの叔父です)上手に鉄鍋に脂身を回して割下を作り材料を入れていくその手馴れた姿がとても記憶に残っています。そんな名残もあり我が家(島田の家)でもすき焼きを作るのは決まって父の仕事でしたね。

夕食後凍てつくような冷たい空気の中、夜中12時に向けて八坂神社をけら参りに出かけます。八坂神社で紐の線香に火をもらって、回しながら火を絶やさないように家まで持ち帰り台所の種火とするとよい新年が迎えられるということで、とはいいつつも、とても寒いので途中、お店に入っては甘酒を頂いたり、素うどんを食べたり暖をとりながら帰宅の途につきます。お店ではそのお線香の火を絶やさないよう店の入り口あたりに置く場所を提供してくれます。

寒い寒い京都は「おこた」(足炬燵)がなければ寝られないほど。叔母が銘々のお布団に「おこた」を入れて温めておいてくれていました。

お正月は祖父を囲み厳粛な雰囲気でした。銘々の卓が用意され、朱色が美しい漆器に白味噌に丸餅のお雑煮です。関東のお雑煮と違い、あまりに上品な美味しさにカルチャーショックだったのでしょうか、なぜなのか、これ以外のお料理は覚えていないんです。

(京都では客人があるときには料亭から仕出しをとる(届けてもらう)のも一般的ですが(料亭の味を自宅で愉しめるなんてとても贅沢ですよね!)お雑煮は叔母製だったかと思います。)

叔父や従妹が勢ぞろいしたのでお年玉もたくさん頂けましたし、従妹達たちと一同に会し、はしゃぎ、それは格別楽しかった京都のお正月でした。

京都というところは1年中伝統行事があり、大晦日までもとても大事に過ごすのですね。

そう、だいぶ大きくなってからのお正月ですが、花札で遊んでいましたら祖父が「そんなもん家でするもんとちがう」とエライ剣幕で怒られたのを思い出しました。祖父はまがったことが大嫌いな厳しい人でした。。。

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先日ホームステイしたメキシコ人家族が「日本はメキシコと違って、クリスマスが少しでお正月をとても大切にするのよね」と言っていましたが本当にその通りで、日本は各家庭なりのお正月の過ごし方がそれぞれにあります。

来年そのメキシコ人ご家族が来日するのですが日本のお正月を、我が家なりのお正月で、もてなしてあげたいと思っています。

今日我が家でもそんなお正月の京都を思い出し、久しぶりにすき焼きを作って頂きました。sol(2007年1月3日)