チップの国

海外旅行をするときチップを必要とする習慣があることに気づき、これから旅行する国はチップって要るんだったけ??とガイドブックで再確認したりします。

前回グアテマラに行ったときのお話です。

ベッドとベッドの間に電話台のミニテーブルがありましたので、そこにチップを置こうとしましたら父が

「枕銭は ”まくら” というからには枕に置かないといけない」

というのです。

その理由は、以前こちらのホテル(ハワードジョンソン・イン・グアテマラ)に宿泊したとき、枕銭をテーブルに置いたら、帰ってきたらそのまま手付かずになっていたそうです。翌日も同じように置きチェックアウトしようとしましたら「忘れ物ですよ〜」とメイドさんがフロントまで届けにきたそうです。それ以来、メキシコ国内はもとより、グアテマラなど他の国々でも枕におくことにした、ということです。

スペイン語で「チップ」はpropinaプロピーナ。

わたくしは長年メキシコの旅行会社に勤め十数回メキシコ旅行を経験してきましたが、メキシコではテーブルに置いてもあっさり受取っていました。メキシコと地続きのグアテマラでもお国が変ると、考え方も違うものです。(またはホテル側のポリシーなのかもしれませんね)

 

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 ご存知の方も多いと思いますが、メキシコ欧米では、チップで生活している人が多いです。これは「サービス」というものに対しての価値観の違いで、日本人はお客様第一の考え方ですが、外国では「サービス」はお金が発生するからやるもの、という考え方によるものです。

メキシコ人が日本に来るときにはチップ代わりに小さな民芸品を持ってくることが多いようです。ただでいろいろやってくれることに感謝の意を表したいという気持ちから、だそうです。気は心、ですね。

 わたしたち日本人にはチップの概念はありませんが、海外旅行をしたときには「チップを惜しむ」のではなく、また「チップをあげる」だけでなく「チップを弾む」などちょっとした気持ちの余裕でお食事やマリアッチ演奏が楽しくなるかも、しれませんね。(一応チップの相場は頭にいれておいて!)ぜひ「チップ」の習慣を楽しんでみてください。sol(3月9日)

アンティグアの公共トイレ

入り口でチップを払って入ります。 

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民族衣装を着た女性 撮影料チップは1ドル

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年賀状の話

振り返ると、小学校の時にもよく木版画を彫って摺っていました。

木版画かレタリングでデザインしたものか忘れましたが自分の年賀状作品が図工の教科書に掲載されたのがとても嬉しかった記憶があります。小学校・中学校時代の美術の先生には恵まれまして、いろいろな描き方、技法を習ったり経験したと思います。

エッチングもよかったですが木版画の木のぬくもりと、摺りあがったときのインクの載り具合が、わたしは大好きです。

版画は自分が描こうとしている「イメージした絵」の部分と、凹凸の凹みを彫ったあとの「予想外の模様」となって浮き出てくるところが面白いなといつも感じます。それも色を置くインクの載せ具合によっても感じが変ってくるのがいいです。

不思議なもので、これは小学校時代に木版画で年賀状を彫っていたときにも同様に感じていたことで、昨年から木版画を始めてあらためて思い出した感覚です。

子どもが小学生になり自分の小学校時代はどうだったけな?なんてふと思い出してみることも多くなった今日この頃です。

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木版画を摺っていると思い出すのは、同じクラスだったよっちゃんこと吉村君です。年賀状で木版画を彫り毎年その出来具合で競って制作していました。

それも中学生になってからも続いていましたが、私のほうは木版画を彫るのが面倒になり、お互い忙しくなってしまったのもあり、やめてしまいました。(ごめんなさい)

小さなはがき一枚の中にそのときの想いを凝縮させて、制作していました。吉村君の作品で印象的だったのは、歌舞伎の3色(白・茶・深緑)で仕上げた年賀状です。小学生なのになんていいセンスしているんだろう!と感じたのを今でも覚えています。

そんなことを思い出しながら、今となっては競うほどのものはできませんので、お正月が過ぎた今日もまた楽しんで摺っているといったところです。sol(2007年1月10日)

年賀状の話

今年も年賀状木版画を摺りたくなったもう1つの理由があります。

秋に小町谷新子さんから「お芋で年賀状」という出版された本を父宛に送って下さいました。

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拝見しましたら、自分で彫ってみたくなる魔法にかかってしまいそうなそれはそれは素敵な本です。

小町谷新子さんは父・島田正治の尊敬する作家瀧井孝作さんの娘さんで、以前にも本は何冊か読んだことがありましたが、その作品と文章から「お母さん」のようなあたたかさを感じていました。

今回の「お芋で年賀状」は”今年はどのような年賀状を彫ろうか”と思っていた時でもあったので、毎日毎日本を開いて見ては、自分にもできるだろうか?お芋はあまり時間が経ってしまってはダメなんだよね・・・あれこれ考えていても仕方ないので行動に移してみようと思い、さつま芋を手に取ってみては切って彫ってみよう!何度も思いました。

ところが下絵のアイデアはあるものの彫ってみる勇気が出ないのです。切るのがもったいない〜というのではなく(でも一理あります)集中して時間のとれない私には今回のお年賀状での芋版画は不向き、木版画で充分なのだ!と結論を出し、お正月らしい椿の花などの下絵をあきらめ、グアテマラ旅行の思い出「ケッツアル鳥」を彫ることに決めたのでした。

お正月が明けた今日もまたせっせと時間を見つけては、木版画を摺って乾くのを待って、書いて、投函、しています。子供たちは「とり年でないのになんで”鳥”なの―?」と言いますが、わたしにとって版画は自分を表現する一年に一回の楽しみなのです。

本書で小町谷新子さん曰く

「芋を縦に切った面を使うことを知ったとき、私は目から鱗が落ちるとはこのことだと思いました」

「要は楽しんで物作りをすることだと思います。」

わたしもいつかは芋版画にトライしよう、多分わたしの想像を上回るような楽しそうな未知の創作の世界、そのときのために今から下絵のスケッチをしておこうと思っています。

sol(2007年1月9日)

グアテマラでマクドナルド

アンティグアでマクドナルドに入りました。

グアテマラシティから車で約1時間、旧首都のアンティグアに行きました。

1917〜1918年にかけてのグアテマラ大地震でアンティグアが壊滅、現在のグアテマラシティに遷都したということです。アンティグア市内には当時の瓦礫のままの建物もまだ残されています。

はるか遠くには、地震国であることの象徴である煙を出している活火山を望むことができました。

▼写真左側の火山から煙

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▼市内を囲むように四方に見える活火山の山々

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アンティグア観光中、お昼ご飯にはまだ早いが喉は乾いたのでちょっと休憩することにしました。そういえば以前もこんな中庭のレストランに入った記憶があるなあ、と両親が言うので入って見ましたら、そこは「マクドナルド」でした。人間って不思議なもので意識していなくても自分の好みのお店や足の向く方向ってだいたい決まっているようです。

手入れの行き届いた中庭、奥には子供用プレイランドもありユニフォームもサービスも万国共通です。ではランチを済ませようということになり

BIgMacセット28ケツァル(約450円)

Macnificaセット28ケツァル(約450円)

Polloセット36ケツァル(約580円)

「母がマックシェイクがいいわ」というので聞きましたら「マックシェイク」という言葉は通じなくて、「飲むアイスクリームはありますか?」と尋ねましたら「聞いたことありますが当店にはありません」とのこと、残念ですがCafe con Leche(あたたかいコーヒー牛乳)を注文しました。

わたしは日本のメニューにはないMacnificaセットを注文しましたがソースの味がちょっと変っている、オーストラリア牛でなくアルゼンチン牛を使用、といったところでお値段も味も大きさも日本とほとんど同じなのには驚きました。

日本に帰国後、「マックに入るならもっと美味しいファストフード店があるんですよ!」と友人に教えてもらいました。(○○Polloというチキンバーガーおすすめのお店、名前控え忘れましたので聞いておきます)次回はそこに行くことにしましょう。

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そういえば、アンティグアで出会った日本人の方がスペイン語マンツーマンクラスを1週間単位から受講、日本人は〜一ヶ月受講するけれど、欧米人は1週間受講してそのまま南米大陸を南下してゆくのが一般的なのだとか。「ではまたどこかでお会いしましょう」と挨拶してお別れしました、彼らももう南米大陸探検に出発している頃でしょうか。

sol(12月31日)

グアテマラで中国料理

グアテマラに来ると1食は中国料理を食べると言う両親。

ホテルから2ブロック先の「悦来」を目指して歩いて行ったのですが閉店していて向いのネオンが煌いている「来来」に入りました。駐車しているのはベンツやBMWの高級車ばかりです。美人の中国人オーナーが入口で迎えてくれました。

メニューは中国語とスペイン語で書かれていましたが、中国語の漢字のほうが理解しやすかったです。各自好みのものをそれぞれに、海老そば、カニ豆腐スープ、焼売、白ご飯を注文し、最後に「ザー菜はありますか?」と「搾菜」漢字で書いて聞いてみますと女性オーナーが白ネギと炒め物にして供してくれ、父はご飯と一緒に美味しい美味しいと言って食べていました。

白ご飯とお漬物のような感じで、人間なければ無いなりに代わりのもので味わって頂いて満足することができるものです。父はメキシコに行き始めて40年になりますがこのように工夫したり、お米の炊き方も失敗から学び、今では日本食材も増えたので自炊しても不自由しないとのことです。

海老そばの麺が極細でポソポソしていたのですが、日本に帰国後、香港料理を頂きましたら同様な麺でしたので広東風だったのだなと思いました。

中国人2世の老夫婦のお誕生日パーティーらしく、入った時には空席が目立っていたのに見る間に満席になり賑やかな中国料理の円卓を囲んでの宴会場となりました。周りを見渡しますとグアテマラ人の家族がお粥を食べていたり、中国人若者二人がしゃぶしゃぶ鍋をしていました。ご当地では中国料理は庶民の台所のようなのですね。sol(12月28日)

グアテマラで気づいたこと

グアテマラ旅行中気がついたこと。

旅行していると、昔の仕事(旅行代理店)の影響で、飛行機の機種、空港内を探索して歩いたり、ホテルのグレードや対応、アメニティグッズ、そしてレストランに入れば値段やサービスなどを、ついついチェックしてしまうクセがぬけません。

その昔グアテマラ旅行手配で利用していたホテルや「Clark Tours」のミニバンをみかけてお客様の送迎なんだなぁと懐かしく感じ、旅行会社勤務時代に一度は訪れておくべきだったと思いましたが、こうして訪れる事ができて今は感無量です。

そんな自分の行動について振り返りっていましたら、ふと父がそれはそれはとてもリラックスしているのに気がつきました。日本でも見られないような島田正治別の素顔と言ったらいいでしょうか。

旅行するとあちらこちら貪欲に見て回りたいと思うのが人間です。

ところが両親二人は旅行中、寝ている・食べる・NHKBSを観ている、のいずれかで、とてもくつろいでいる様子です。グアテマラ15回以上の渡航歴で「残るはマヤ文明のティカル遺跡!」ということらしいですから無理もないです。レセプションでティカル遺跡のベストシーズンを尋ねていました(因みに1月2月とのことです)。

父は私たち女性陣が買物をしている間も何時間もベンチに座り文句ひとつ言わずに待っていてくれました。ゆっくりとした時間の流れの心地よいグアテマラの空気というか雰囲気を満喫しているような感じです。

そうなんです、父が絵を描いていないんです。メキシコに暮らしている両親はグアテマラへは休暇旅行で、画の道具も持ってきていないとのこと、なるほどくつろいでいる訳です。こんな旅も個人旅行だからこそできる事で、そう経験できることではなく贅沢極まりないことで「これはこれでまた楽し」と思えるようになりました。

絵を描くことは想像以上に大変な仕事で、画業も、どんな仕事も同様ですが「仕事を離れたら何もしない」180度転換のくつろぐことの大切さ、父が常々言っている「無理はせぬこと」を実践しているのです。

メキシコ滞在の為のツーリストカード更新のためだけでなくこの中米の小さな国の何ともいえない居心地よさが、彼らがグアテマラを何度も訪れている所以なのだなと、その気持ちがわかる気がした旅でした。

そんな魅力的なグアテマラは民芸品の宝庫とコーヒー、そして癒しの国なのかもしれません。sol(12月28日)

グアテマラで本場のコーヒー

グアテマラといえば民芸品の宝庫そして美味しいコーヒーです。日本ではサントリーの「レインボーマウンテン」ブランドが有名ですよね。デパートコーヒー売場でもグアテマラ豆は高級品で知られています。

どこでいただいてもスペシャルの味なのですが、お値段は決して安くはないような気がしました。グアテマラでおしゃれなスタンドコーヒーショップ「LEON」でのCafe de olla(素焼きのカップに甘いシナモン入りコーヒー)や袋で購入するコーヒー豆など日本のスターバックス並といっても過言ではありません。

▼普通のコーヒー一杯6ケツァル(約100円)Cafe de Ollaは12ケツァル(約200円)

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▼風に揺れている赤々としたコーヒーの実

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グアテマラのお話

憧れのグアテマラに到着しました!

入国審査を終えて外の廊下を歩いてゆくと右手にホテルのカウンターがありSR.SHIMADAと掲げられたプレートを持った両親とは顔なじみの運転手さんが出迎えてくれました。

グアテマラシティは「ちょっと埃っぽくてこの季節にしては風が冷たく感じない」というのが第一印象です。聞きますと「常春の国」風はやや強いもののマフラーをしている人は見かけませんし、町を歩いている人も素足にサンダル姿、木々の葉も青々しています。気温は17、18度ほどでしょうか。

改修中の小さな空港をあとにし、右手にサッカースタジアムを見ながら市内へ向いました。

街灯の下にはビール会社Cerveza「Gallo」の広告の入ったペナントとクリスマスリースの飾りが付けられ、市街中心部にはツリーの搭が立っていました。ヨーロッパのクリスマスは知っていますがあたたかい季節のクリスマスは生まれて初めてです。

ホテルHaward Jhonsonは両親の常宿で、到着するとレセプションの人が父からの挿絵入りFAXを見せて「あなたからのFAXは絵が描いてあるのですぐにわかりますよ。ようこそグアテマラへ!」と言ってくれました。

ホテルは改装工事中ですが、部屋は広々していて4ベッドルーム、テレビ付き(日本のNHKBSが観られると父も喜んでいました)熱いシャワーもたっぷり出るので快適、フロントではインターネット閲覧もできます。メヒカーナ航空のVTP(ホテルと航空券)などには加盟していないようですが素泊まりにはお勧めです。

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夕食はホテル内レストランで。以前は一般のお客様もいたそうですが現在はホテルのお客様のみに限定され落ちついて食事をすることができます。アルコール飲料はホテルオーナーのポリシーで取扱いしていないそうなので酔っぱらった方は見かけませんでした。

アスパラのポタージュとステーキ(揚げバナナとフリホール、ワカモレ添え)すぐ隣にキッチンがあったので熱々が頂けて美味しかったです。

翌朝、レストランに行くとボーイさんが「おはようございます、昨晩のお料理は私が作ったのですがお味はいかがでしたか?お気に召しましたか?」と声をかけられました。それだけでアミーゴで家庭的、気持ちがくつろぎますよね。

お腹が重そうでちょっと足の悪いボーイさんなのですがメモせず注文を取り(忘れた時には何度でも聞きに来るんですが)テーブルごとにお話したりしていて、ああプロフェショナルな仕事をしているなと思い、こちらまで心が和みました。sol(12月26日)

グアテマラのお話

◎憧れのグアテマラに行ってきました!

搭乗ゲート変更があり慌てて乗り込んだMX385便でしたが、大柄の方も多いのできつきつの満席状態。やれやれと思うのも束の間ランチが出てきました。

そういえば、両親は12:00頃メキシコシティ空港に着くなりお腹が減ったとファストフードのコーナーで寿司(カルフォルニアロールのカニ味)と焼きそばを注文し2人で食べていました。ここのイートインはシナモンロールの「シナボン」、ダンキンドーナツ、寿司中華などバラエティあふれるものを各お店で注文し、好きなテーブルで食べることができます。

わたしはというと機内食「ランチ」が出る、と日本のメヒカーナ航空でチェック済みでしたのでそれを美味しくいただくために、焼きそばはお味見程度に控えておきました(いわゆる、中華料理の平たい麺の焼きそばでした)。

メキシコシティを出発後ほどなくしてランチタイムです。まず飲み物のサービス、そして食事が配られました。何だろう・・・と開けてみましたら「ペンネ」、サラダ、クッキーそしてコーヒー。メキシコの航空会社の味付けにしては薄味で、ハーブが利いているような利いていないような・・・要するにあまり日本人好みの味ではなかったということです。量も少ないので「ランチ」ではなく「ライトミール(軽食)」でした。

両親は、何となく機内食が物足りなかったのを記憶していたのでしょう、それで搭乗前に腹ごなしをしていたわけです。。。

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上空から見る光景はアメリカの黄土色の大地とは違い、眼下はこげ茶色の山々が続いています。

メキシコシティを飛び立ってから約1時間が過ぎたころ、急旋回が始りました。お隣の男性はまだパソコン作業を続けています。到着まであと30分あるのでまだ着陸はしないだろうな、と思っていましたら急旋回が4回、そして急降下が2、3回あって、そのまま着陸してしまいました。あれよあれよという間の出来事で今まで経験したことのない、信じられない瞬間でした。車なら100キロ以上出して急ブレーキ、って感じです、あの感覚は車を運転する方でしたらおわかりになるのではー。お隣さんはノートパソコンを閉じて前の座席のポケットに納めていました(え〜っつ、そんなので大丈夫なんですか??)

確かに小さい空港や盆地にある空港では旋回しながら離着陸することがあると、昔オアハカの空港でも経験したことがありますし、聞いたこともありますが、今回のグアテマラは格別すごかったです。

そういえば

バンクーバーからメキシコシティに到着する時に、トイレで○ー○ー言っているメキシコ人が結構いらっしゃいましたが、こんなにすごい(荒い)操縦に比べたらJALのジャンボジェットの安定した飛行の何で酔うのか、不思議に思えました。

着陸するとすぐに乗客が立ち上がって降りる準備です。あんなにすごい操縦、みなさん慣れているんですね、酔っている人はいないし、両親も、何てことはない「メヒカーナ航空やアエロメヒコ航空はいつもこんなよ。」と平気で、さすがメキシコに暮らして20年、慣れとはおそろしいものです。

わたしは帰国後、上記のフライト着陸時のことを「このまま落っこちて死ぬかと思った」と友人達に話ししています。sol(12月22日)

グアテマラ・マヤ文化協会創立10周年記念イベント

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▲グアテマラ・ティカルのマヤ遺跡

マヤ文化の魅力を楽しむ

主催:グアテマラ・マヤ文化協会/グアテマラ大使館

◎10月28日(土)13:30〜16:30(開場13:00)

◎入場料 無料(先着400名様入場可)

◎会場/赤坂区民ホール 

港区赤坂4-18-13赤坂コミュニティーぷらざ内TEL(03)5413-2711

●お問い合せ先/グァテマラ・マヤ文化協会前田TEL(04)2952-4749

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■ご挨拶

駐日グァテマラ大使

アルトゥロ・ドゥアルテ・オルティス 

マヤ文化を支援するグァテマラ・マヤ文化協会の10周年をお祝い申し上げます。

この機会にグァテマラ大使館は、日本の皆様を今回のイベントにお招きして、もっとマヤ文化を知っていただき、そしてグァテマラの国民的楽器であるマリンバの演奏を楽しんでいただきたいと思います。

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マヤ文化入門

●上智大学教授/大越 翼

今も生き続け、輝いているマヤ文化の基礎と最新情報を、わかりやすく解説。

マヤ民族衣装

●グァテマラ・マヤ文化協会理事/ト部 澄子、赤池 照子

東京家政大学名誉教授のト部、赤他両理事には、本年3月にグァテマラに行かれた時のお話を写真も交えて紹介。マヤの民族衣装を身につけたモデルさんが登場し、それぞれの衣装を直接触らせていただきましたところ、生地が厚くしっかりしているのに驚きました。

◎生地4メートルのスカートはケサルテナンゴの衣装。たてに保存するとプリーツがきれいに残るのだとか。右はアルモロンガの衣装。

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マリンバLive&トーク

三村奈々恵

胸の奥に響くマリンバの音色は哀愁があります。マリンバの故郷、グァテマラの楽器工房を訪ねた時の思い出もお話やマリンバとのエピソードなど、楽しいひとときでした。いずれの曲もピアノのように軽やかに演奏している姿が華麗で聴き入ってしまいました。

■プロフィール/国立音楽大学(打楽器専攻)首席卒業。ボストン音楽院生の頃よりバークリー音楽院で講師を務めながら修士号を取得する。数々の国際コンクールで受賞。世界10数ケ国以上で公演を行い、国際親善に寄与する。

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グアテマラは日本の国土の三分の一ほどの国で、マヤ原住民が45%、欧米人8%、残り47%は混血とのことです。

榎本武揚がメキシコ殖民で調査に当たっていた1890年頃はグアテマラとメキシコ・チャパス州の国境は無いに等しく自由に往来していたということですが、今回参加してみまして、グアテマラとメキシコは共通したマヤ文明で繋がっているのかと思いきや、グアテマラ独自の文化と伝統が大切にされている国だということがわかりました。

アルトゥロ・ドゥアルテ・オルティス駐日グァテマラ大使は名誉会長ということもあり、最後までご臨席でみなさんと歓談され、とてもアットホームな会でした。 

島田正治も大好きな国グアテマラ。百聞は一見にしかず、グアテマラも行って見なければいけませんね。sol(10月28日)